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救い放題(「運動展3×3±0」より)

And then, one Thursday, nearly two thousand years after one man had been nailed to a tree for saying how great it would be to be nice to people for a change, a girl sitting on her own in a small café in Rickmansworth suddenly realized what it was that had been going wrong all this time, and she finally knew how the world could be made a good and happy place. This time it was right, it would work, and no one would have to get nailed to anything.

Douglas Adams”The Hitchhiker’s Guide to the Galaxy”

それからそうして「たまには他人を大切に」と説いたばかりに一人の男が磔にされてから二千年ほど経った或る木曜日のこと、リックマンズワースの小さなカフェに座っていた一人の少女がふと、これまでずっと何が間違っていたのかを悟り、如何にして世界を健全で幸福な場所にできるのかを、ついに知った。今度こそは正真正銘うまくいくはずだったし、誰かが磔にされる心配もなかった。

ダグラス・アダムス「銀河ヒッチハイク・ガイド」

「てんでばらばら三人会」への緊急出張運動展にあわせ、幾つかを新作に差し替えようと意気込んでいたけれど、何んにも思いつかない。元より無理に捻り出すものでもないのだけれど。

そんな自分を棚上げしつつ最近つくづく思うのは「もっと良い案があるはず」ということ。コストも手間もかからず、ちょっと角度を調整するとかだけで、この拗れに拗れた現代社会の諸問題を一挙解決する方法が。

悪魔を退ける唯一の武器「銀の弾丸」は、スッカリ「そんなものは無い」と続くための慣用句に成り下がってしまった。乱麻断つ快刀ルパンに奪われし。「細やかな問題を地道に一つずつ解き続けるしか道はない」そうだ。そして必ず相応の費用もかかる。その予算を獲得する、ひいてはまわりくどい書類を拵えることこそが、最も気の効いた営為というわけだ。

池で溺れて助け求める人を目前にして、柵を作る募金を呼びかけることが最速にして最善手だというような、はがゆさ。しかし、それでもその犠牲を踏み台にして募金を今すぐはじめないことには悲劇は繰り返されるばかり、という理知的な脅し。

なにか、ないのか? 直接的で元手も要らず、今現在は勿論、将来もまとめて、この世界を良くする案は。

抽象的に嘆いていても仕方無い。良案の一つを例示しよう。といっても僕が考えたわけではないが。それはいやしくも「食べ放題」である。近所にある中華料理屋はランチバイキングをやっている。千円札一枚で、酢豚もエビチリも麻婆豆腐も唐揚げも焼きそばも炒飯も厚焼き卵も野菜炒めも、好きなだけ食べていいという真の桃源郷。普通なら、その内の一品を主役に仕立てた限りある定食だけで千円近いというのに!

お店側は一体何故このような自殺行為を? と思いきや、予めまとめて作り置くだけで注文聞きも配膳もないので人件費が浮き、十分に利益が出るという。見事な三方良し。これほどまでに掛け値無しのウィンウィンがあろうか。一体誰が最初にこれを思いついたのだろう。

食べ放題のように一切衆生を救済する術はないものか。そんなことを考えながら連日食べ放題に通い詰める内に、元より三桁越えの体重が更に10kg増えた。単に堕落しているようにも思えるが、かつて釈迦が悟りを開くために断食を敢行したと思えば、その真逆を攻めていくのも悪くはないはず。

近所の中華料理屋は感染予防のため、ランチバイキングをやめた。