踏文

作文の練習

Thawing Glaciers

間も無く平成が終わる。へぇ……せー、と言葉遊びにもならぬほど、別にどうでもよいことだヘルマン。多くの人がそうであるように、元号に興味がない。西暦の方が合理的でしょ、とかね。また同じく多くの人がそうであるように、殊更に元号を憎むわけでもない。まあそういうものもあっていいし、次はなんだろね、とも思う。総じて、やはりどうでもいいこと。

今盛んに「平成」が振り返られているが(と言っても心からその話題に積極的な人はきっと少なく、例えば間も無く節分だから恵方巻きのコーナーを作って飾りつけせねば、実際どれほどの売上と利益をもたらすかは別としても、といったこととして)、元号をもって時代を考えるのはあまり意味がない、と考えている。例えば、この30年、という尺度で時代を考えることはできるだろう。その更に30年前と比べるなどして。でも元号は同じ年数で区切られるわけではない。直前の昭和は平成の倍以上もあり、かと思えば大正は短命に終わりけり、いづれも比較にならない。為政者の交替によって変わるなら、年数はまちまちでも意味はあるかもしれないが、代わるのは象徴なるものでしかない。そして象徴だからこそ、何も変わらない。

昭和、は今や前時代的程度の意味合いで使われるが、平成元年に何か具体的なことが起こって世界を前後を切り分けたわけでもない。生活を一変させる革新的な技術の発明と運用を記念するものではない(それを時に元年と呼んだりするけれど、本来の意味の方が強さに劣るわけだ)。それは、印象の問題でしかない。世間で語られる多くの平成に対する印象は、実は平成の後期のことでしかなかったり、昭和っぽいと思いきや平成の最初辺りであったり。昭和もまた、六十数年間のそれではなく殆ど「終戦後」みたいな意味で語られる。やはり物差しとして用いるには余りに品質が不揃いだ。或る批評家が「平成も早三十年だが、あれやこれやの旧い各種社会問題は未だ解決されぬまま引き摺り続け、現在は昭和の九十年代と考えた方が適切だろう」みたいなことを言っていて、成程ご最も、と一瞬思ったけれど、よく考えればごく当たり前のこと。昭和であれ、或は西暦であれ、一直線に伸びる時間軸にかわりはない。また別の批評家は、新聞社が企画した「平成の30冊」云々のアンケートに対し、幾つか海外の本を取り上げていた。それもまた(以下略)。云々。

終わり、新しく始まるというのなら、どうぞご自由に。だが僕には、僕だけでなく時代の本質にも、別段関係のないことだ。

……………と、以前なら思っていたのだけれど。

ごく最近、少し考えが変わってしまった。

意味も根拠も必然性も無い、ことにこそ、だからこそ、本当に柔らかい部分を突き刺しかねない危険性を持ち得る。真に恐ろしく、実に運命を左右するのは、因果応報ではなく、通り魔の不意打ち。

平成なるものが終わる、というのなら、それは終わるのだろう、本来は無関係な、様々なものを意味もなく巻き添えにして。これを機に、もののついで、がてら、もっけの幸い、行き掛けの駄賃とばかりに。

漫画でよくある、強者同士の決闘が不意に始まるシーン、静かに対峙する実力伯仲の二人が暗黙のうちに了解し、臨時に設定される開始の合図、それは木の葉の落ちる瞬間であったり、鹿威しが音を立てる瞬間であったり、元号が変わる瞬間であったりと、それ自体には深い意味も関与もないが、それ自体を境にして、一人は死に、一人は生き延びるのだ。

そして、平成は時代尺度とならない、僕には関係ない、と冒頭に繰り返し書いたが、恐ろしいことにそうでもない。

平成は、うっかり僕の全身を、帯に襷にとピッタリのサイズで密着していた。

「如何にも平成の人」とは、平成元年に生まれた人のことか。果たしてそうではないだろう。元年生まれは肝心要、平成の初期を乳幼児として朧に過ごし、その記憶は多く残らない。一方そも平成の象徴たる当人も、人生の半分以上は昭和を過ごしている。その象徴と同世代の人は、むしろ典型的な昭和の人として形容されるだろう高齢者だ。彼らは到底、平成の人とはいえない。

一方僕は1982年4月生まれ。平成を迎えた頃は、小学校就学の直前。既に物心ついて久しく、平成元年生まれ如き序盤の抜けはない。陸上競技に例えれば、既に十分な助走を終え、平成が始まった瞬間に丁度フルスピードへ到達、そのままそれを維持できる限界の31年間を走りきった計算になる。僕よりコンマ一秒でも早く生まれた人は、平成の序盤を不十分に過ごし、遅く生まれた人は平成が終わらぬうちに息切れを起こし未だ記憶に新しい昭和と相対化して捉える。

まさに、まさか、僕が純粋ミスター平成だったとは。

そして、ただ単純に丁度平成に居合わせた、だけではない。この平成の間、僕の生活には全く変化がなかった。平日は毎日、朝起きて、ほねっこ食べて、何処かに通って何かしらの作業に従事し、それ以外は遊ぶ、その繰り返し。通う何処かが、学校か職場かの差であり、そして実質その差はない。また何処にも通わない空白期間も無い。住む地域も変わらず、家族も死なず、生まれもしない。平成の31年間ただの一度たりとも元号が変わらなかったように、僕の人生も絶え間なく、変わりはない。

その平成が終わるという。ならば、僕の変わりない生活にも、いよいよ変化が訪れるかもしれない。実のところ、本当に何も変わりがない人生はあり得ない、ということは実感こそなくとも知識としては理解している。そしてこれから起こる必然の変化というものは、控えめに言って、良いものではない。固く結んだ約束を反故、墓場まで持っていくはずだった秘密は漏洩、痛みだけは残して被害も加害も時効成立、諦めきれないものをいよいよ諦める時。

新しい元号は、さしあたり先ず、僕の親を殺すだろう。親だけでなく、知る全ての老人は、新しい元号のもと一人残らず死に絶える。この時期を生きる老人にとって新元号とは、等しく与えられた一律の戒名に他ならない。高齢者だけでなく、同世代の知人や友人たちとて、何人かはその凶刃に倒れるだろう。彼らと在りし日の穏やかな平成の日常がそのまま「死亡フラグ」(この言葉はあまり好きでないけれど)の役割を、結果として果たしていのだ。

そして、この新元号の時代を無事に生き延びたとしても――それはひとむかし前のビデオゲームによく見られた「強制全滅イベント」を、何らかの裏技や力技を使って無理矢理回避して生き延びても、画面がひとたび切り替われば結局既定路線というように――また30年もせぬうち、新しい元号へ再び変わり、今度こそは確実に、僕はそいつに殺される。

何故、一直線を等速に進む時間というものに、不規則な固有の名前を与えてしまったのだろう。例え只の壁の染みであっても、目と口を見立てれば人面としてひとつの表情をなし、その表情から存在すらしないはずの複雑な感情までも見出し、名前を与えて呼べば魂が生まれる。軽はずみにそんなことしてはならない。そんなことさえしなければ、僕は一年、そして二年と、ただ数値の増加とともに緩やかに老い、必要に応じて変化もし、尽きれば終わるだけの話だったのに。元号なるものの意味のなさが、その無意味な振る舞いによって31年間をも凍結させ、そして今更、融けてゆく。