アーカイブ

手話の残心

シンポジウムで、手話通訳が活躍する、の巻。

知的な僕は、休みを利用して、東京大学内で開催される、極めて高度な芸術学に関するシンポジウムを聴きに行きましたとさ。

会場は講義室でなくホールで、このために客席用の椅子が多数並べられていました。壁面の中心には演者用のスクリーンやらテーブルやら演台やら。お決まりの構図ですが、それをやや崩すように、端の方で、逆向きの椅子が一つ。そこに座る、スーツ姿の知的な女性。如何なる関係者か? シンポジウムが始まる前、すでに「雑談」していたのでわかりましたが、手話通訳の方でした。

「成程……さすが東大、イベント時には手話通訳までいるのか」とその時思いましたが、よく考えれば、百人程度の聴衆のため、会として手話通訳があるのでなく、飽くまで来場していた一人の学生のためにいるようです。

シンポジウムが始まりました。僕はこの会場で一番頭が悪いにも関わらず最前列に座っていたため、端の方にあった手話通訳の様子はあまり視界には入りませんが、気になってついそっちの方を観てしまいます。

最初は、「まあ、そういうのもあるわな。ないと困るわな」程度に思っていたのですが、僕自身が難解な議論に殆どついていけない中で、これ手話で同時通訳って、ちょっと無理だろう、って気になりました。内容に一切関知せず、聞いたまま音を伝える、だけに徹しようにも、手話ニュースのように話者がゆっくりはっきり喋るわけでもなく。ぼそぼそと高速で放たれる、美学用語やドイツ人名、どう処理されているのやら。

一組目の発表が終わり、休憩もそこそこに二組目の演者が登壇します。その時、手話通訳の人は普通の客席に戻り、同じくスーツを着たもう一人の女性が前の席に座りました。選手交代! そっかー、今日は4時間の長丁場。当然一人でこなせるわけはなし。今日のプログラムを見るに、計4セクション。その度ごとに交代かな。

と、思いきや! 前方では議論白熱。その瞬間、話の途中に話者がさっと、立ち上がり、すかさず最初の一人が席に着き、手話通訳を続けます。

よくわかりませんが、「もう無理!」な瞬間には交代するようです。この、素早い交代は、この日何度も見られました(ファミコンの「キン肉マン」でリングの端で素早く選手交代する様子が想起されました)。

かくて、壮絶な手話通訳が4時間に渡って繰り広げられました。「では本日はこれにて」と司会がアナウンスして、その言葉を安堵の表情を浮かべ手話訳するのを僕も見届けました。そして、肩の力を抜き、顔も仕事を終えた表情に戻ります(表情も、手話訳の一つなんでしょうか)。

が、次の瞬間! まるで忘れ物を咄嗟に取りに帰ってきたかのように、両方の手首を同時に、くい、と上げる仕草をされました。もう仕事を終えた後の「形だけ整える」ような手話でした。

今のは……「終了」の合図かな? まるで武道の「残心」のよう。それ自体の通訳を終えても、すぐに終わらず、きちんと一定の型を残す。或いはプログラムにおける「end命令」のよう。わざわざend命令を書かなくてもプログラムが途切れたら勝手に終了するが、きちんと書くのが筋。

こういう所作に、何だかドキドキしたのでした(本当にそういう意味だったのかわかりませんが)。