アーカイブ

連環画計 / 上海游記 二

こちらの続きです。

さて、前回はうだうだ書きましたので、さくさく参りましょう。旅行前、何ぞ中国に関する面白いものごとは無いかと大型書店へ。先ずは1階の実用書棚でガイドブックや旅行記を漁り、次に2階の文芸書棚で中国現代文学を探し(前回は莫言「白檀の刑」を持って行き、青島の高速鉄道駅での待ち時間で読み終えた。これは青島の駅で読むのに最も適した本で、そういうのにまた出会えたら良かったんだけど、残念ながら今回それらしきは見つけられなかった)、それから3階の社会科学書棚で中国時事問題にも当たり……と、死亡遊戯スパルタンX(FC版)の如く、上へ上の階へと歩みを進め、ついに4階の人文書棚で、一冊の本に巡り会ったのでした。

中華図像学の泰斗、武田雅哉先生の科研費付研究書「中国のマンガ<連環画>の世界」(平凡社,2017)。即ち連環画とは……と、この本を前にして僕が言うことなど何も無いので、是非そちらをお読み頂くか、ご検索くださいませ。

連環画は中国で発行された、小判の絵物語本。小人書ともいう。日本でいう絵本・劇画・漫画・フィルムコミック等の要素を併せ持つ。主に路上の露店で安価に販売、又は貸出され、子供から絶大な人気を得たが、神怪物を始めとする俗な内容は、時に知識人や当局による議論の対象となった。一方でその人気から国民教育の有効な手段としても企図され、後には共産党の宣伝に利用された。これらの点は形式が違えど日本の街頭紙芝居の歴史を連想させるが、中国では20世紀間の長期に渡って発行され、早い段階から芸術的価値についても認められていた。

以前、別の方面に用意した概要より

お恥ずかしながら、連環画、なるものの存在を、この瞬間まで全く知りませんでした。京都国際マンガミュージアムでも展覧会があったんですね。不覚。

これは……手に取りたい、読みたい、欲しい(そんで見せびらかしたい)! 判型、色彩、画風、内容、歴史……何処をとっても蒐集欲をかきたてさせられますね。さてこの連環画、僕如き素人でも手に入れることができるでしょうか。

ガイドブックにも観光地として紹介されている文廟(孔子廟)では、毎週日曜日に古本市が開催されているという。そこで連環画が売られているかもしれない。上海には土曜の夜に到着、一週間後日曜の昼に出発だから……到着翌日の日曜日しかチャンスはない。まだ右も左もわからないが行くしか無え!……と別段気張る必要はなく、文廟は上海中心部、駅からも近く、行くことは容易。

が、生憎その日は雨。雨の上海。チャイナブルー、かなわないよ、とても。果たして、古本市は開催されるのでしょうか。しかも、ちょっと出遅れたし(宿が郊外なので中心部まで一時間くらいかかる)。人民広場駅から乗り換えて、最寄りの老西門駅へ到着。駅出口で現在位置と目的地までの方向を確認し、出発する(この時は未だ彼の金盾が発動しておらず、GoogleMAPが使えた。でも今思えば最初から百度地図見ていた方が情報が細かく、良かった。郷に入りてはオモテヤマネコ)。で、徒歩数分、取り敢えず文廟路の入口に到着。

f:id:akubi:20190211165547j:plain

文廟路の門

文廟路の門の脇には古書店があった。

f:id:akubi:20190211165924j:plain

ここに並ぶのはまあ、普通の古本でした。この辺りは他にも幾つか古書古物店が並ぶほか、アニメ関連グッズや玩具屋などの店も並ぶ。

f:id:akubi:20190211170033j:plain

玩具店

f:id:akubi:20190211170207j:plain

何かのポスター。「永不落幕的二次元世界」!

廟の周辺なので、冥銭を売っている店もあり。なかなか混沌としています。

間抜けにもうっかり廟の前を通り過ぎつつ、引き返しつつ、いざ入ろうとすると門前の係員に止められ、入場券を買うように促される。外から中の様子は見えない。静かな入口からは、とても古本市をやっているような気配は感じられないが……果たして券を買い廟に入ると。

f:id:akubi:20190211170335j:plain

やってたわ! この雨の中。とは言え、天気の所為なのか、時間の所為なのか、一部の店は畳み気味。だが壁際で屋根のある店はまだまだやってそう。果たしてこの中に、連環画を取り扱う店はあるのでしょうか。四天王寺や大阪天満宮で培った古書古物探しの霊感は、ここ孔子廟でも通用するか、ナムナムと呪文を唱えていると…………

……あれ、と言うか……

f:id:akubi:20190211170708j:plain

むしろ連環画ばっかじゃん!

連環画市かっつーくらい、複数の業者が展開。ということで、入手は極めて容易でした。上海土産にお勧めです。

(以下、現地の人とのもっともらしい会話がありますが、勿論中国語が片言もわかるわけなく推察する能力もないのですが、諸々翻案し、フィクションとしてお読み下さい)或る店から何冊か選び、これ頂戴おいくらですか? と売主と思しきおじさんに聞く。が、おじさん苦笑いして「あー、こっちは俺のじゃないんだよ。今そいつ昼飯食べに行ってて……おーい! 客が来てるぞー! ……うーん、ま、いいか。どら見せて。3冊か。じゃあ30元でいいや」と、代わりに雑な会計をしようとする。ところへ、慌てて売主が戻り「ちょっと待て待て、30元って……ほら、これは一袋に上下巻2冊入っているだろ。計4冊だから40元だ」と値段を訂正する。

ということで、連環画の相場は一冊10元……と、シナ通気取り堂々書くと詳しい方から「タハハ、連環画如きに10元とは哀れな、ぼられていると気付かずに……」と思われるかもしれません。ただ別の店では「一冊10元」という表示もあったので、多分そうだと思います。最初から本来の売主と話していたら、もっとぼられたかもしれません(別の本ではぼられた)。10元たら160円くらい? 安い、と思うところですが、日本だと古い文庫やら漫画で一冊100円、それよりも更に小さい判型、元より子供が買う駄菓子如き廉価本だと考えると、雑多に売っているように見えて、飽くまで好事家向けの値段だと言えるかもしれません(包子5個分ですもの)。前掲の本に詳しいですが、中国では既にノスタルジーの対象を通り越し、コレクターも存在するよう。

f:id:akubi:20190212233954j:plain

購入した連環画

また(それほどよく調べたわけではありませんが)店に並ぶのは多く70年代から80年代発行で、これが既に名作再販の向きもあり、本当に貴重な連環画というのはまた別にあるかと思われます。写真左下の「三毛流浪記」(張楽平)は1930年代から始まる有名なシリーズ。半端な知識で見つけた瞬間は驚きましたが、発行は80年代のもので、珍しいものではありません。

f:id:akubi:20190213172619j:plain

ところ移り変わりまして、多分上海で一番大きな新刊書店、四馬路にある上海書城。最上階の芸術書コーナー。西遊記や三国志など、名作連環画については、このように箱入りで新刊書店でも売られています(日本における児童書セットみたい)。連環画は(日本の街頭紙芝居と違い)往時から芸術として評価され、共産党にも宣伝に重用されたので、これらも復刻再販ですらなく、路上での流通が無くなっただけで、引き続き重版されて今に至るだけかもしれません(この店ではガラスケースに入れられていますが、そんなに値段は高くない。こっちも買っておけば良かった……)。

一方で、当局や識者が管理する以前、子供を夢中にさせて大人が眉をひそまえた、神怪が活躍する荒唐無稽な武俠もの、そうした野生の連環画というものは、前述の本にもあまり紹介されていません。それを読みたいのだけれど。

f:id:akubi:20190216114618p:plain

さて、ところ変わりまして、こちらは、某所の片隅にて行われていた、連環画の展示(改革開放40周年ということで、当時を懐古する展覧会の一部)。ワー、これだけで一日中楽しめますね。残念ながらそんな余裕無かったのですが。

f:id:akubi:20190216114529p:plain

これは……ドラえもんですね。これら表紙は同系統ですが、中身は日本のコミックを、コマ割りは再構成しつつ(勝手に)転載したものと、中国人が二次創作的に書いたものと二種類ありました。普通の連環画を見ていると中国人凄い絵上手い! となるのに、漫画となると表紙のように、如何にもまがいものタッチで、同じ絵なのに用いる技術と感性が全く違うとわかります(藤子の偉大さが滅茶苦茶わかります。普段意識しないけど、これと比較すれば痺れるほどの上手さ!)。

※ デフォルメした「漫画」とリアルな「劇画」の二種類があるとして、日本は創成期からこの二つが共に進化してきたと思うのだけど、中国の連環画を見ていると、伝統的な絵画からずっとその延長線上としての(無理に分類すれば)「劇画」が展開してきた、という感あります。

※ 斯く思えば、前掲の「三毛」シリーズは、中国オリジナルにして漫画調と連環画の代名詞の一つでありつつ、分類としては結構珍しいのか? 他に漫画調の連環画は、僕が見た限りでは海外の転載ものが中心。何故、中国では「漫画」が発達しなかったのか(と言うか、何故日本では「漫画」が発達し過ぎたのか、か)。

(追記)当初、この連環画版ドラえもんのタイトルを写真をご参照の通り「J当」と誤読しており、そのように作文しておりました。Wikipediaで調べたところ、ドラえもんの中華圏でのタイトルは現在の正式な「哆啦A夢」他には「机器猫」「小叮噹」があり「J当」とは謎だ……きっと「阿Q」と関連があるに違いない! などと適当言っておりましたが、「小叮噹」の略字ですね、即ち「丁当」。や、丁かもなとは思って検索はしたんですけど見つからなくて(言い訳)。まあ、ともあれ。

※ あと、更に今調べたところ「三毛」シリーズの初出は「大広報」という新聞連載なので、連環画の定義によりますが(内容か、流通か)、この判型での「三毛」は飽くまで「復刻再構成版」ということかもしれません。この伝でいくと面白いのが、往時から「連環画法」という連環画業界の雑誌があり、これは普通の判型(縦)なので、そこで掲載される連環画は結果として新しい表現手法を開拓していった……というの。現代でいうと、既存の漫画を電子化していくうち、あれそもそもこの「コマ割り」って根本的に必要? みたいな現象ですね。すごーく面白い。

f:id:akubi:20190215112958j:plain

写真右の本は新華書店で見つけた「小人书大人物 中国连环画大家群英谱」(林阳,湘南美术出版社,2017年)。連環画家列伝。華麗な絵がカラーで沢山見れます。あー、良い本見つけられて良かった。この本は、最初に紹介した武田先生の著作より後の新しい本なので、連環画研究はまだまだ始まったばかり。

写真左の本は、日本で事前に入手していた「中国の劇画―連環画」(田畑書店,1974年)。連環画の名作3作品を中国語+日本語訳でまとめて読めて、とってもお得。しかし版元の田畑書店といえば、往年のゴリゴリ社会科学書出版社(最近、復活した模様)。それが何故、連環画を? ……と平成生まれの僕は疑問に思ったわけですが、ヒント;共産党。収録されている西遊記は日本でも御馴染みのものですが「三蔵のように口先ばかりの平和主義でなく、孫悟空が妖怪を容赦なく徹底的にやっつけるが如く敵を殲滅せよ」という教訓が強調されています。

f:id:akubi:20190215113010j:plain

こちらは同書収録「白毛女」のワンシーン、主人公。なんというか、とても良いことがあったのでしょうか。このポーズ。とっても決まっていますね。実はこのシーンだけでなく、全編に渡り、登場人物全員がこの調子、ずっとポージング。なんかすごい不思議な感じ。

それもそのはず、原作はバレエ作品。連環画には映画が原作のものも多くあり、その点も街頭紙芝居に共通しています。画家たちが封切り初日に映画を見て、記憶に残るうちに書き下ろす、ということをしていたそう。こうした娯楽目的の初期連環画以降も、共産党指導による革命思想啓蒙の映画を、順次連環画にしていったみたい。中には絵でなく映像写真をそのまま印刷して説明文を付した連環画もあり、所謂フィルムコミックといえるものもあります。で、バレエも、話を漫画の文法に翻案するのではなく、そのまま「バレエ」の舞台として描く(勿論、構成や作画に工夫は凝らされているとして)……恐るべし共産党のメディアミックス戦略!

……と、めくるめく連環画の魅力については思い馳せれば切りがなく、紙幅も尽きたので、この辺に留め置きましょう(これ書いている間、武田本をあちこち持ち歩いていたところ、どっかラーメン屋辺りに置き忘れてしまったので、うろ覚えで執筆、本稿には間違い思い込みが含まれている可能性大です。ご留意ください。本見つかったら間違い探しします)。まだまだ知りたいことが沢山。何度か文中で述べていますが、個人的には街頭紙芝居と色々比較してみたい(卒論が街頭紙芝居だったので)。それから、そうそう、そもそも読みたい! (連環画も積読中)