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大丈夫。シナ通の攻略本だよ。 / 上海游記 一

先日、上海へ行って来た。ただの家族旅行だが折角大枚をはたいて行ってきたので、旅行記でも書こうと思ったけれど、果たしてそんなもの誰が読むのかと思い、書きあぐねる。奥地や秘境でなく飛行機で直行三時間弱、隣国の大都市、上海。日本人の最もメジャーな渡航先の一つとして、本屋に行けばガイドブックは幾らでもあるし、同じく検索すれば旅行記も多数出てくる。上海のことなど、僕が何か言うまでもなく、すぐに知れる、みんなもう知ってる。或は、そもそも、みんな上海くらい疾っくに行ったことあるのではないか。「上海行ってきてーん! こんなのあって楽しかったよー!」と喜んで旅行記を書こうものなら「あらそう……良かったねえ」と、今更こいつは何を言っているのかと、そんな程度で楽しんでいるのかと、哀れ呆れられ飽きられるのではないか……という被害妄想。

と言うか僕自身が、他者の旅行記は勿論、そもそも海外旅行自体あまり興味がない。元より花鳥風月玉姫殿の類を愛でるような感性無く、自身の日常生活を伴わないまま名所の表象を眺めてたところでしれたこと。名所絵葉書の実地確認と複製作業。こうしたイメージ通りの「観光」に良い印象を持たないし、その程度で得られる経験を殊更に異文化に触れるといって大事にしたくもない。まあ、別に旅行も異文化も悪くはないが、それよりも他に大切なことがごく身近にあるだろう(盆踊りとかね。この旅行で行けなかった櫓も多数)。

韓国の釜山には何度も行っているし又行きたいけれど、これは両親の故郷であり、今でも親戚が住んでいるためで、単に田舎に帰る、帰るのが楽しみ、ということに過ぎない。中国には数年前、山東省の煙台へ行ったが、これも祖父の本籍ということで、一応自分とかろうじて結びつく、旅先への根拠はあった。今回の行き先、上海には何の縁も無い。行く理由がない。中国の古い文化には興味があるけれど、それならば、共産党指導下その文化を革命し、急激に都市化する現在の中華人民共和国ではなく、台湾や香港に求めるべきだろう。

しかし、ともあれ、上海に行く、ということは決定されたので、折角だから無駄にならぬよう、自分と全く無縁の上海を結びつける何かは無いか、と旅行前は探していた(別に、理由なく楽しめばいいんですけどね。貧乏性故)。そして、ふと思い出したのが、半年くらい前に実家で拾い読みした一冊の本だった。探すまでもなく、既に上海に関する本を偶々読んでいた……それを端緒に、上海へのただならぬ関心事を、大別して三つ見つけることができた(「広場舞」についてはまた別として)。なので、日程に沿った旅行記ではなく、この三つに即し三回に渡り作文する。本稿はその一。


半年程前のこと。姉の残した「ベルサイユのばら」も読み終えて、いよいよ実家で暇を潰す本が無くなった。そこで漫画から目を転じ、父の書棚を漁ることにした。父が読書する姿はあまり想像できないが、一応料理人なので昔から料理書が少数ながら並んでいる。自宅でラーメン屋を開く際に参考にした業者向けの本などは、全国各店売筋のラーメンなど写真も多く、空腹を慰めるのにも良いし、約二十年前と今では流行が違うので眺めていて楽しい。そうした大判薄手カラーの本の他に、函入りで重厚な装丁の四六版も数冊並んでいた。即ち「中国料理技術選集」(柴田書店,1982年)である。巻末に曰く中国料理技術書選集は、中国料理の技術の向上を主題にして、柴田書店の書籍のなかから厳選された二六巻二九冊の特選セットを提供するものである。家にあるのはその内の数冊程度で、いづれも戦前の本を復刊したものだった。

その一冊の題が「支那風俗」。果たしてこれが、その著者である井上紅梅(1881-1949?)と最初の出会いとなった。が、この時は著者のことが気にかかりつつも、先ずは中身の面白さに夢中になった。復刻版は全一巻だが、元の書籍「支那風俗」(上海日本堂,1921年)は上中下の三巻であり、更にその元となるのは不定期刊行雑誌「支那風俗」である(雑誌といっても後に紅梅自身が「ひとり雑誌」と語るように、ほぼ井上紅梅が記事を書いている)。従って柴田書店の復刻版は、その凝縮のまた凝縮ということになる。前述した題目に「中国料理の技術の向上」とあるが、本書は料理それ自体にのみ即したものではなく、書名の料理以外の中国民衆文化についての章も多い。専門料理書と言えないが、租界時代の上海における貴重な実録ということで、他の実用的な技術書に連なり選ばれたのだろう。

本書所載の一章「上海料理屋評判記」は、上海租界時代の所謂「食べログ」。と言っても、地図も写真も無く、前半は座談形式、後半は料理の列挙とひたすらテキストが続くのみで、なかなか情報を通覧しにくい。けれど、

上海の寧波館はうまくもまづくもない所謂あたりまへの支那料理を食はせられる處で価格も総体に安い。本来この料理は海の物を得意としているのであるが、福建ような技巧はない。(中略)大宴会には前廳後廳等の廣い席があるから好くこの菜館が利用されるが、そういふ時にはいつも買辦や西嵬のコンミツシヨンを食はせられるようなものでいやもう閉口閉口。

といった文章は如何にも食べログっぽい……ということで、いつか何ぞの話のネタにしよう、と思っていたままスッカリ忘れていた……ところを、自分が実際に上海へ行くことになり、そうだそうだと電撃的に思い出した。早速、井上紅梅について改めて調べたが、これが滅茶苦茶面白い。面白いと言うか、さっき初めて知った人なのに、今迄ずっと探し求めていた人のような。そんな感覚はとても久しぶり。

絵葉書蒐集家には御馴染みなれどその生涯は長らく謎だった探検家菅野力夫(1887-1963)や、大阪の竹久夢路といわれた波屋書店の画家宇崎スミカズ(1889-1954)など、大正から昭和初期にかけてユニークな活躍しつつも、現代の世間一般には忘れ去られた人は多い。井上紅梅もそうした一人といえる(この時点でもう魅力的)。忘れ去られたといっても(菅野や宇崎も同じく)斯界の中国史学者間では有名人物で、1970年代では三石善吉が雑誌で紹介したり、比較的最近では勝山稔が詳細な研究によってこれまで不明なが多かった井上紅梅の生涯を膨大な資料によって明らかにした。更に相田洋が近著でその成果を引きつつ検討もしている。そうした学者の他に、麻雀好きにも名前を知られている。日本語の文献で初めて麻雀(もーちやあ)を紹介したのがこの「支那風俗」だからだ(これは柴田書店の復刊版には収録されていない)。

井上紅梅を敢えて一言で紹介するなら「シナ通」となる。文字通り「中国に詳しい人」の意であるが、この時代では様々なニュアンスを背負っていた。勝山論文の註から引用する。

「シナ通」は中国語を解し中国社会に精通した中国愛好者を指し、大正時代から昭和戦前期に活躍したが、その視野の狭さから趣味人の範疇から脱却できず「安易な中国紹介のゆえに、のちのちまで軽蔑のマナコで見られるようになった。」 (三石氏「後藤朝太郎と井上紅梅」)という見解が一般化した。

勝山稔「改造社版『魯迅全集』をめぐる井上紅梅の評価について」

先ず、そもそも「シナ」が趣味愛好探求の一つの対象、ジャンル足り得ることであったのが面白い。古来より隣国として長い間、交易やら戦争やら(歴史に疎いのでよくわかりませんけれど)そもそも漢字、ということでそれなりに中国のことを知っていた、イメージはできていた、と思うのだけれど、こうして一般人まで行き来し居住もするようになり、初めてそれが一つの、未知なるも解き明かすべき大きな「系」として現れたのか。何となく想像できるような、今では実感しようがないような、むずがゆい感覚。まあ現代においても、急速に発展する中国の事情を紹介する人は重宝されている。例えば近年中国に関する多数の著作で注目を浴びているノンフィクションライターの安田峰俊氏は、現代の「シナ通」と言えるかもしれない。

が、そうした大いなる「系」の前に「シナ通」が蔑称へと転じる。怪しさ、胡散臭さ、軽薄さ。「あいつは所謂シナ通だ。言っていることは信用できない」といった風の言い回しがあったらしい。ひとつの国や都市に対し、学者でも政治家でも文学者でもない、ましてジャーナリストでもない、ただの趣味人として表層の華やかで美味しそうなところばかりを象る……しかし、そうした態度こそ魅力的に感じるし、共感するものがある……それは僭越ながらというべきか、或は自虐になるのか。

しかし、井上紅梅はただ底の浅い「シナ通」では収まらない。支那の五大道楽(吃、喝、嫖、賭、戯。所謂「飲む打つ買う」+観劇)を巡って放蕩する一方、まだ日本の文壇で魯迅がそれほど知られていなかった頃に、一挙26篇を翻訳・収録した「魯迅全集」(改造社)を出版した(現在「青空文庫」に収録されている魯迅の小説は全てこの紅梅訳)。他にも多くの中国文学(白話小説)を早い時期に翻訳し、日本に紹介している。ただ、この「魯迅全集」の翻訳出来について、当の魯迅から酷評を受けたことが井上紅梅の現在に至る評価を決定付けてしまった。「シナ通」というレッテルの悲劇。そこで勝山は紅梅訳を精査してその翻訳水準を再評価し、魯迅の酷評は必ずしも妥当ではなく別の事情もあったのだろうと前出の論文で結論づけた。が、相田によると、やはり紅梅は「シナ通」故に魯迅に嫌われたのだろうと見ている。

現在、井上紅梅の本は一般の書店には流通していない(魯迅の翻訳はあるかも)。著作権継承者がいない。Amazonでは電子書籍で代表著作の一つ「酒・阿片・麻雀」(萬里閣書房,1930年)が販売されているが、これは国会図書館のデジタルライブラリーを元にKindle形式にしたもの。販売者は副題に「井上紅梅の中国嫁日記」とつけている。流行り文句を勝手に副題とするのは関心しないが、言い得て妙なのは確か(奇しくも両井上)。この本は、井上紅梅が(支那風俗の研究の為に!)中国で結婚した女性との南京での家庭生活を綴ったものである(正式には結婚していないのだけど)。上海では郊外に宿を取ったため、毎日地下鉄二号線に長時間乗る必要があったが、ずっとこれを読んでいた(電子書籍を読み切ったのは殆ど初めて。タブレット買って良かった)。随筆や紹介記事というより、私小説の趣き。登場人物のせりふは日本語に訳されつつも要所で中国語がそのまま交じり(この体裁も好み)、章末ごとに語註として解説される。中でも最も印象に残った、「魂の置き去り」という章の一節を次に転載する。紅梅宅ご近所の話。

 三人の子供の外に最近又一人子供が出来た。それは二番目の娘だから二姑娘(あるくーにやん)とよばれた。二姑娘はひよわい質で夜鳴きばかりしてゐる。それにときどき引きつけることがある。夫婦は心配して夜更けに起きた。

二姑娘回來家來阿(あるくーにやんほゑらいちやーらいおー)

と遠くの方で蚊の鳴くような聲がする。

來家阿(らいちやーおー)

と又聞こえる。そうしてだんだん近寄って來る。

子供の病気は魂の置き去りだと言ってゐる。そこで嬶どんは魂のありさうな所へ行つて、子供の着物と靴を竹竿に懸けて持ち、おやぢやは提灯下げて、白米、茶の葉など沿道に撒きつつ一呼一鷹して帰る。

「回來家來阿」は「帰っておいで」、それに続く「來家阿」は「帰って来ましたよ」の意で、親が娘の魂に代わって答える。夜更けに父母が二人、服を竹竿に吊るし、声をかけながら米と茶を道に撒いて歩く様子は、まるで昔観た映画「霊/幽幻道士」の世界そのままだが(そのままの世界なんだけど)、両親はその後、娘の魂を無事見つけられたのか、これについては語られない。

既に新刊流通はしていないが、うみうし社という謎の出版社が「中華萬華鏡」(改造社,1938年)を1993年に復刊している。編集発行者としての前口上はなく、復刊の意図は不明。「中華萬華鏡」自体も、井上が各所で既に書いたものを若干補足して再録したもの。だが、それだけに読みやすい(うみうし社は他に「ジェルヴェ医官中華帝国に在り」という謎の本を出版しており、これも面白そう。そして、この2冊しか発行していない模様)。


井上紅梅の知られざる多様な業績を、僕がこれ以上紹介するのは荷が重い。なので、最早蛇足ではあるが、当方の実旅行記へと無理矢理結びつけていこう。「上海料理屋評判記」他に頻出する繁華街通り、四馬路(すもろ)へ。上海の中心部、人民公園の中心辺りから東へ伸びる道で、本来の名前は福州路という(この辺りの事情も支那風俗の一章「街の替え名」に書かれている)。特に意識せずとも普通に観光していれば自然に通りかかる。現在は書店と文房具屋(の関連か、何故かトロフィー屋が多数あった。問屋に相当するのかもしれない)が密集している。上海最大(多分)の書店、上海書城もここに位置する。

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四馬路(福州路)

この近辺は観光名所である南京路をはじめ、当時の建築が多く残っているが、四馬路に関しては再開発が進んだのか、それほど面影がない。かつてここには多くの茶館が軒を連ねていたという。その代表が青蓮閣

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青蓮閣

百度を駆使して調べるに、現在の外文書店がその所在地だという。外文書店は文字通り外国書籍を扱う書店ビルで、日本のアニメイトなども入居している。

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外文書店

青蓮閣は、複数あった有名な茶館の中で、とりわけ規模が大きいわけではなかったようだが、立地と古さで四馬路の顔となった。最も紅梅によれば余りに有名な茶館故田舎者の行く處で氣の利いた支那人はこんな處へ近寄らぬと書いている。百年前から既に観光客しかいかない観光地みたいな所があり、そうしたところへ百年経っても観光しに行くのだからなんともはや(そういうことは上海で何度もあった)。

かつてこうした茶館には多くの人が集まった。……というと、そりゃそうだろう、現在でも「カフェ」は単にコーヒーを飲んで帰るところではなく、人が集まるコミュニティの場所……と思うが、当時上海の茶館にはもう少し広い意味があったようだ。先ず朝方は取り敢えず一服して時節の情報を得る新聞代わりの場所であり、昼は商談の場所(単に業者間の取引に使われるだけでなく、耳を澄ませて商機を探すという場所でもあった)、夜は野鶏と呼ばれる下層の娼婦たちがそれを求める客と逢う場所、と広い役割を担っていた。当時の中国では自宅に人を招くということはあまりないみたいで、ちょっとした応対にも茶館は欠かせなかったという。現在に置き換えると、何の店に相当というより、幅広い役割を考えるとインターネットそれ自体(と接続端末)のようでもある。

茶館の壁面にはメニューの他に、当局による「禁止講茶」という貼紙があったという。「講茶」とは、「講和」からイメージしやすいが「喧嘩する人同士、一緒にお茶を飲んで、仲直りする」という意味である。それを禁止どころか、茶館としてはどんどん仲直りに当店をご利用ください、と推奨したい立場ではないか。しかしこの講茶というのは建前で、逆に喧嘩を広げ決着をつけるのがその実態。街頭で喧嘩が発生した際、あすこで話をつけようと、自分の仲間が多く常駐している茶館へ連れていき、多勢に頼って決着をつける。又は仲間がおらずとも、道理を衆目に訴え世論を味方にして決着させる、という意図も人によってはあったようだ。こうした利用も考えると、やはり茶館に相当する場所は現在に無く、インターネットが近いように思う。楽しそうな場所ですね。

……と、色々書いたが、全て紅梅とその研究者の書籍より引いたもの。次々と中国民衆文化のあらましを披瀝する紅梅自身も、非常に博識に見えるが、実際は専門家からの聞き書きと、紹介という名目での漢籍をそのまま翻訳、という性質も強い。勿論、それも見識の一つであるし、何よりそのセンスがよく、現代から見返せば恐ろしく先見性があった(中国文学の受容史を専門にしている学者にとっては特に)。(巷間に現れる王朝の滅亡に関する予言。童謡が有名だが、他に骨牌という中国版ドミノの遊戯法に現れるものが紹介されている)の話、海底問答(中国の秘密結社青幇の構成員が、旅先の土地で仲間を探るための、符牒による問答。先ず茶館にて茶碗の蓋を碗の側面に寄せ掛けておき、土地の構成員から見つかるのを待つ。少年サンデーの古い漫画「拳児」(原作・松田隆智,作画・藤原芳秀)にも描かれていることで有名)の話など、まだまだ拾い読みしかしていなくて、紅梅について調べるのは帰国後の今が本腰。楽しみ。

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紅梅の写真は殆ど残っていない。これは「支那風俗」の扉にある著者像(石井柏亭画)。この如何にもディレッタントな佇まい、格好良ー!

※ 「シナ通」の表記は相田洋の著作に準じた。

死ぬのが怖い

死ぬのが怖い。そりゃ誰だってそうだろうけれど、事故や病気など直近に想像される具体的な死のことではなく「誰しもに何時か必ず訪れる、死、そのものについて」だ(寿命以外の事故や病気での死なんて論外、想像の範囲外)。自分の人生の充実度や幸福度とも関係無い(そんなもん関係させたらもっとやばい)。死という完全なる終了(霊とか死後の世界も無いっぽい。それを信じれたら多少ラクなんだろうけれど)、それに比しては大き過ぎる今現在の生の自我(思いつく限りのその全て、は自我に属する)、その落差にも関わらず、避けられなさ。バランスが悪過ぎて配慮に欠けている。これまで大抵の嫌なことは、駄々こねたり知らないふりをしたりして、避けてこれたのだし。最後にそれってあんた。

このように死を恐れることについて、あまり共感は得られない。同じ気持ちを抱える人達と死の恐怖を語り合うことで少しでも気持ちを紛らわせたいけれど(逆に、死にてー、とかいう奴らにはコミュニティがありそうだ)みんな、いつかは死ぬことそれ自体については折り合いをつけていやがる。本当なのか。単に、想像が及ばないだけかもしれない。死、それ自体は当然ながらあふれているし、この年齢になると近親者や同世代の知人ですらも亡くなっていく。物語にも、その性質として現実以上に多数の死が描かれる。フィクションでは概ね、潔く死ぬことは良く描かれ、みっともなく死を恐れることは悪く描かれる。なのでみんな、死、そのものについては受け入れている。本当か噓かはともかくとしても、むしろ気楽に自分の死を捉えている(覚悟の差なく訪れるのも死の怖さ)。

でも確かに、病気や事故ならばともかく「死にたくないよー!」と叫び恐れ戦きながら天寿を全うする老人、というのは聞いたこと無い(やなせたかしはそれに近かったらしいが)。

僕がすがる希望は、年を取るにつれ、心の底からこの達観に至るのではないか、ということである。今は怖くても、死ぬ頃には迎え入れる準備。しかしながら、最近のご老人は健康で、例えば職場でも還暦過ぎた人たちがごろごろ再雇用されていて、何の違和もなく一緒に話しながら仕事をしたりする。日常においては、感性や人格に差を感じない。こりゃどうも達観どころではない。しかし、この人達は僕と違い、あとほんの十数年で、高い確率で死ぬのだ。逆ならやばい。仕事なんてしてられない。膝を抱えて震えている。

もう一つの希望は、なんだかんだ言ってまだわりと先(多分)ってことだけだ。しかし、この希望こそが罠。今迄の人生で「まだまだ先だー」と思ったものが「いやー、あの時まだまだ先だと思ったことが今日だもんなー」という体験が、どれだけあったか。未来といっても、未だ来ないだけであって何時か必ず来ることが既に確定された、最早過去の如き体感速度。

……と、思った瞬間、高鳴る鼓動。今迄の自分が経験してきた未来の過去感覚をもって、今まさに死にゆく自分に縮地し、普通以上にリアルな想像をしてしまう。目前に迫る完全なる無、その先は想像できない、想像という概念すら無い、自分がいない……あらゆることは間違っていても想像は出来るが、想像する自分がもういないとはどういうことだ……無理無理、そんなの耐えられない、死ぬわ……って、だから死ぬのか。時々、この状態に陥り、苦しい。


こうまで死が怖いのは、最初に書いた通り死の無に対し相対的に生の自我が大きい、ってことだろう。エゴイスティック。もし生きることが、もっと朦朧状態であるなら、或いは単に過酷であれば、その過程で死を、少なくとも恐れはしないかもしれない。動物はそうかもしれず、また人間も昔はそうであったろう。現代人特有の、死の恐怖。

また、(概ね)一人で生活していることも関係するかもしれない。一人でいると、知覚の全ては自分のみに還元されるから、自我が肥大化する。僕は死を恐れているだけで、世間でいう所謂「孤独死」を、特段に恐れるわけではない。誰でも死んだら同じ、その同一性がこそ死の恐怖であり、孤独か否かは関係無い。が、孤独が死そのものを強調する、ってのは、ちょっとこれまで想定していなかったリスクかもしれない。

……でも書いてて、それこそ普通とは逆って気もしてきたけど。「俺が死んでも悲しむものはいない(故に死を恐れないぜ)」ってのはフィクションでは定番のせりふ。


特にオチはないけど、死の恐怖を紛らわせるために書きました。「私も死が怖い!」って人がいたら教えてね。

続き。

つゆゆううつうつつ

アフリカや東南アジア、所謂発展途上国、でなくとも(行ったこと無い)ほんのすぐお隣、日本と似たり寄ったりな韓国や中国ですらも。街道では沢山の露店が活況、地べたにまで果物や商品を並べている。簡素な屋台が並び美味しそうな料理がその場で調理され、あちこちで煙が立ち上っては中空へ消えていく。トラックの荷台には白菜が山のように積まれている。集合住宅の一棟ごと階段前には多数のダンボール箱が積まれている。これは通信販売等の荷物で、日本の一軒一戸訪問して直接手渡し、じゃないアバウトさ。

潔癖で神経質な、チャキチャキの現代ッ子である僕としては、こうした生命力に満ちた、何もかも「むきだし」な街を目にするたび、わあいいですね、と毎回思ったりする。こっちの方がラクでいいよ、とか。

で、これも毎回だけど、その後「雨降ったらどうするんだろう」とも思う。「むきだし」の世界は雨に弱い。まあ、雨が降ったら店を畳むだけの話なんでしょうけど。でもトラックで移動中の野菜とかは。集合住宅前に積まれた荷物とかは。ふーむ。

まあ日本だって何処だって、雨に降られると様々な行動が大きく制限される。この21世紀に、空から水が降ってくるなんて異常だぜ。神話じゃあるまいし。今年も梅雨入り。嫌な季節ですねー。

身投散歩 / 妙見山下り

身投散歩とは「片道切符分のお金だけ持って電車に乗り、降りたところから歩いて家に帰る(しか、選択肢がない)」そのような行為、です。

先日4月30日の休日は「妙見山下り」と題しまして電車、ケーブルーカー、リフトを乗り継いで妙見山の山頂付近へ行き、そこから南森町の自宅へ歩いて帰りました(本来は片道切符分だけのお金しか持たないルールですが、途中の食料代他スマートフォンも持つイージー・カジュアル・モードです)。

北から南へ、事前のルート検索によると約35km。フルマラソンにも満たない距離を、走るのでなく歩くのだからきっと余裕でしょう。いつもは平坦な道を45kmくらい、但し今回は山、けれど下り、だから大丈夫、という目論見です。

時折スマートフォンで写真を撮る他は記録はとってないので、その写真を頼りに(無加工の写真多数、ページ重いです)。

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先ずは能勢電鉄の妙見口駅へ。貨物車。背後の建物には「義」一文字が掲げられている。

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駅を出て、観光地っぽいところ。ここに写っている他に古い食堂があって、そういうところでただのうどんが食べたいものです。イノシシが有名らしく、そのような食事やお土産も売っています。普通の旅行なら食べたかった。

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在庫を持たない衣料店。

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妙見口駅からケーブルカーの黒川駅を目指す道中、の廃屋。隣接は火事で焼けていたので、それに伴ってと思われます。

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道中の脇あった小屋。天狗が云々、という工作室か展示室か、で、お面が飾られていて遠目に少しびっくりしました。

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今日の標語。まさしく、帰ろう。

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ケーブルカーの黒川駅に到着。こういうの乗るの久しぶり、というか逆に前回は何処で乗ったのか。待っていると、スジャータの人(めいらく)が例の車(ターャジス号と呼んでいます)に乗ってやってきて、飲料やカップコーンなどの荷物を載せていった。検札のおばさんもそれを手伝いつつ無線で上へ連絡。物流……! と思いました。

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出発。おもしろポイント。単線だけど向こうからも下りカーがやってくる。わーぶつかる……! と思いきや、線路の中心で分岐していてすれ違う。演出か? と思ったけど、単線で2台運用するなら、同時発着で途中交差、しかないですね(……一台で往復を増やせばいい気もするが)。

乗車中、子供が「鹿だ!」と叫んで乗客は窓辺へ。「ああ、ホントだ鹿がいる!」「茶色だからわかりにくいね」と本当にいたようですが、反対側に座っていた一人客の僕は「鹿だー!」と移動する雰囲気を作りにくく見れませんでした。ともあれ、これが一回目の野生動物との遭遇。

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山上駅へ。写真はあまり撮ってないけど、バーベキュー用のスペース他、子供が遊べる公園になっている。で、かわらけ投げ。かわらけ、なるフリスビーを的に向かって投げる遊び。このかわらけにはプラスチックなど自然に還らない有害物質が含まれており観光客が投げた後に野生動物が食べてしまうなど深刻な問題になっている、わけはなく、投げ捨ててもいい素材なのでしょう。今調べたら、観光用の悪ノリ思いつきの遊びでなく伝統的な遊びで、他でもやってるところあるみたい。人気でした。

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山頂(付近)を目指して再び、今度はリフトに乗る。そういうものだろうけれど、小さい椅子にベルト等もなく、ふざけてると本当に落ちる。それほど高さは無いけれど。乗り場では紛失物の話をしている人達がいたので物を落とすこともよくあるみたい。

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乗車時間結構長い。僕の前後に人は無く、向かい合うリフトも無人が続くと、自然の中で浮遊する椅子だけが静かに往復する様子が見れて、何と言うか輪廻の最中にいる感覚。私は死に向かい、同時に誰かが再び生を受ける。

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到着。妙見山の山頂、ではないがその近く。長くなりましたが身投散歩としては、ここがようやく出発地点。先ずは近くの駐車場へ向かう。つまり、車でここまで来れるのであり、リフトはむしろそこから先ほどの遊園へ向かう出発地点、が多いのかしら。

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駐車場から府道四号線へ。あとは殆どひたすらひたすらひたすらこうした道路を行くのみ。

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車に轢かれたと思しき蛇の死体。遠目には一瞬、魚類を連想した。穴子とか。野生、じゃなく野死動物との遭遇。緊張しました。まだ出発地点から近く、余談ですがこの辺で女性用下着が一定距離ごとに落ちていて(いっこいっこ種類も違う)それも怖かった。

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側溝でがさごそと音。見ると(見えにくいですが写真中央)、小さなけだものが行き戻りしている。たれかしら。

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側溝の落ち葉のたまった部分をがさごそがさごそとひっくり返す。最初、身を隠しているだけだと思ったけど、ここは排水溝になっていて、道路下の山林部分へと繋がっていたのでした。

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で、こちらで再びがさごそと動き回っている。最初、大きさからして狸?かと思ったんだけど、一瞬こちらを向いた時、細い目をしていたのでそうではなく……猪とも違うような。ふうむ。

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中腹の集落に。

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石仏が時折。解説の看板もあります。

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集落のそこかしこで、農作業中。

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全方向にマルフクとニチデンの看板。ありがちな風景ですが、この執拗さというか、かつて電話金融が如何に栄えたか、ということでしょうか。

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無人販売小屋。なるほど、盗難を防ぐため、神棚風になっている(路傍の鳥居のように)。なんか、きのこ、みたいなん売ってあって、欲しかったけど荷物になるので断念。

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もくもくランドです。

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そうめん流し、が名物の旅館。

 

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右手小屋に竹の流し台。それらしき、が外からも確認できます。

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こういうの、何て言うんでしょう。水田? 水鏡になっていて綺麗。森や山はフラクタルで描写されるけれど、水面はぴったり平面で、同じ自然だけどその対比が面白い。

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マリアの墓。この辺り切支丹大名が云々というのがあるらしく。

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17時。時報が大音量で鳴る。たまたまこのタイミングでサイレンの近くにいた。消防施設の分署。たかが17時になったことをこんなに大きな音で報せる必要ある? と思ったけれど、ここに至るまで農作業に従事する人達多数、これを切っ掛けに「じゃあ今日は終わりましょうか」となるわけか。晩鐘。

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クマも出るらしい。へー、大阪にもクマがいるんですね。

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遊歩道が出現。道路歩くのは危険なので助かります(峠を攻める系の車が多く。スピード違反ではないと思うけど勢いある)。

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とぼとぼ歩いていてふと見上げると手すりに、猿! 野生動物と再びエンカウント。でも、これ襲ってくるやつじゃなかろうな。撮影も遠くから。この後、そのまますれ違います。

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ご一家、5匹くらいいました。この辺の猿は有名みたいです。

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トンネルへ。トンネル徒歩で行くと怖い。

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トンネル抜けると、ダムでした。写真じゃあれだけど、突然の壮観でびっくり。

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予め調べたGoogle Mapの経路ではこの道を行けという。これまでも、府道・車道から外れた道は幾つかあって、上級者向け、といった感でしたけど、これは厳しい。この時、18時頃で、日没が恐ろしかった。車道にも街灯の類は皆無。どうしようかと逡巡している合間にも、虫が首筋にぽたりと落ちてくる。再び端末を確認し、大回りでなんとかなること確認する。もっと早く来てればねえ。ここはまた何時か挑戦したい。

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駐車場あり、しばらくいくと箕面大滝。迂回故の遭遇。本来、滝を観るポイントはここから遊歩道で下るのだけれど寄り道の気力なく、ここからチラとだけ観光。

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ようやく町が見えた。なんてことない写真だけれどずーっと山道を歩いて来たのでこれでほっとしました。平野にペターっと街が広がる様子は、途中でみた水田を連想させます。

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日没。満月もくっきり大きく。写真だと何ともないけれど、ふだん街から見上げる月と違って、空と地の合間にある感じ。頭上でなく目前に月がある、ように見える。

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ここが山道の入口。山と街の境界線は想像以上にくっきり明確で、道路一本が境界。

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箕面の山中を行く有料道路の入口。距離的にはこれでまだ半分。だけれど、後は箕面、千里中央へと、なんてことない道が続きます。いつもの身投散歩ならこれが全て。

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工事中。北大阪急行を箕面まで伸ばしてるんですってね。そういえばそんな話を聞いたことあるな。なんて地味な。それよか地下鉄大正駅以南を伸ばしておくれ。

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外から見る千里中央。千里中央って、街というより建物が全てという印象があったので、外から眺めるのは新鮮。外があったのか、千里中央に。

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けた下制限1.5M。低い。自転車の人は首をひねりながら。

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淀川を渡って、天神橋筋八丁目。アーケードは一丁目から六丁目ですが、七丁目も「てんひち」として商店街、そして八丁目、淀川のぎりぎりまでは街灯と看板が続く「ふれあいの街」(商店街ではない?)となっています。一連としては最北端、だけど、日本一長い商店街を観光に来てここまで来る人は少ないでしょう。

まとめ

身投散歩がどうというより、わりと普通の、山ならではの楽しさ、と相成りました。

ポイントのアウトライン

いつもにまして、しょうもない、俗な話ですけれど。家電屋やら何やら特定のお店で、又は最近はもっと幅広く貯まる「ポイント」に関して、ごくごく当たり前でしょうが、某社の経理もよくわかっていなかったこともあり、そのことなど。とは言え、僕も調べたりしたわけじゃなくて、実際のところはわかりませんが。

以下、例です。仕事で外回り中、会社から電話がかかってきました。「おー、ちょっとプリンターのトナーが切れちまって。帰りに家電屋さんで買って来てくんない?」「はいはい、今丁度帰るところで店も近くですんで」「悪いけど、建て替えてくれる? すぐに精算するから」「はいはい、お金持ってますんで」「領収書忘れないでねー」……ということで、家電屋でトナーを買います。「2,980円です。ポイントカードはお持ちですか?」そういえばつい先日、この店で自分用のタブレットを買ってポイントカードを作ったのでした。「あ、はいはい、あります」「3,000ポイントあるので、全部ポイントで買えますけど?」……ラッキーですね。思わぬポイントで買えて、精算できれば2,980円を現金でまるまる会社からもらえる。勿論れっきとした私自身の財産である、円と同じ価値であるポイントで購入しているのだから、悪いことじゃないはず。「はいどうぞ、ありがとうございました」「あ、領収書貰えますか?」「……? 私はあなたから何か領収しましたか?」

……と言うことですわー。「1ポイント=1円として使えます」「ポイントだけで買えちゃった」なんて表現がありますが、で、実際だいたいそうなんですが、正確に言うと「1ポイント=1円値下げ、してもらえる権利」。1円として使えるのではなく、飽くまで1円値下げ。なので、全額ポイントにあてはめたら、ポイントで購入、ではなく、それはプレゼント、というわけです、日頃のご愛顧を感謝して。自由に選択できる景品みたいなものですね。

前述の例では全額ポイントにあてこみましたが、例えば1,000ポイントだけ使ったとすると、1,000円値引きして1,980円でのお買い物ということになり、1,980円分の領収書を切ってくれます。こちらも損しちゃうので、こういう時は現金を払いましょう。と言うか、飽くまで会社が購入するものを一時的に立て替えているだけだから、(会社は金庫の現金で買うから)当然そうですね(それで獲得したポイントは役得としてちゃっかりもらっても問題ない、はず。こち亀で両さんが署内コンペの景品を立て替えてポイントを大量に得ていました)。

個人的なおもしろポイントとして。今度はポイント獲得の方。例えば1万円の商品があって、今キャンペーン中で、これ買うとなんと半額分の5,000ポイントが付与。とってもお得ですね。なので「1万円の商品を、実質5,000円で買えちゃう」わけです。で、買いました。5,000ポイント獲得です。その直後、別の1万円の商品を見つけて欲しくなります。さっき買物したばかりで苦しい。でも今の貴方にはポイントがある! これを使えば「1万円の商品を、実質5,000円で買えちゃう」わけです。今日は実質5,000円分のお得が2回もあって、実質10,000円も得しました!

……と言うことですわー。今やよくあるポイントを利用した「実質おいくら」キャンペーン。まあ、それは実際お得です。けれど、お得なのはどのタイミングか。ポイントを獲得した時か、ポイントを利用した時か。それは後者です。この例だと当日中に獲得して利用するのでどちらも得とは間抜け過ぎますが、日が空くとこれ実際に区分けつきにくいです(ポイントが獲得できるから、利用できるから、とそれぞれ購入動機になりえる)。ポイントは、使うまではあって無きが如し。値下げの権利ですから。さっさと使いましょう。

そりゃそう、な話なんですが、仕事でお話しした某社経理担当は、これが最初理解できなかったみたい。1ポイント=1円だから、ポイントを得た瞬間が円を得たお得な瞬間だと。そしてポイントはお金だから、ポイント分も含めた商品金額合計で領収書を切るべきだと。でも確かに、言われてみるまでは、混同しがちな話ではあるかもしれません。

以上、一体突然何の話だ、ということでありますが、こういう話が何となく好きでして(もう少し深くなると会計とか税務処理の話になるのでそれはよくわかんないのですが)。例えば、1,000円のものを買う時、1,000ポイントあって、それを全部使えばプレゼントなんだけど、999ポイントに留めて、1円で購入すれば、それは「購入」であり、現金か、クレジットカードか、通販の場合は代金引換か、銀行振込か、等々、その1円を巡って色んな支払い手段の選択肢が発生します。たった1ポイント使うか否かで、それが購入かプレゼントか、変わってくる。とかとか何か不思議ですね。

今だッ、弁当を使え!

先日まで大都会此花区に勤務していたが、栄転と相成り現在は孤島大正区の南端に毎日長距離バスで通勤している。社屋は新しく快適だが、昼休み、近隣に飲食店があまり無いため苦労する。なので、会社が利用している弁当配達サービス(給食)を僕も利用することにした。

最初から利用すれば良かったのだけれど、正確には僕はこの会社の職員ではなく常駐出入業者なので仕組みがわからなかった。また、内勤の多くは弁当を持参していたので、この給食を使う人自体が数人しかいない。誰が窓口・担当なのかもよくわからない。

「そこにマルしときゃいいんだよ」

利用者はそう言う。入口通路の横に表が書いた紙が無造作に置かれてある。日付の行と名前の列。要らない日もあるかもしれないので、毎朝、マルをつける。この表を元にして、後日集金がある。でも突然、ここに名前を連ねてマルしても大丈夫かな。

「いいんじゃない?」

と軽く言うけれど、やはりよくわからない。毎朝、誰かがこれを給食会社にファックスしているんだろうか。何時までに? 一応、その人にも断りを入れる必要があるんじゃなかろうか。先方にも。突然増えたら困らないか。……てなことをウダウダと話したり考えたりしてたら、別の人が教えてくれた。

「あれはね、弁当を車に沢山積んでるの。集計してから配達するんじゃなくて。だから大丈夫」

ああ、なーるほど! そっかそっかー。そりゃそっかー。

配達の人は、ここに来て、初めて必要な数量を確認する。もうその時点で弁当を多数抱えている。当然、他にも色々行っているから、日々増減するだろうし、それをいちいち集計しても仕方無い。廃棄前提で充分な数を用意して、それで必要な数を置いていく、と。合理的(廃棄は宿命的に出るけど)。

よく考えればごく当然の話だけれど、想定していた商流・物流が違うと楽しい気分になれるので、それだけのお話でした。


この給食、味はまあ普通だけれど、おかずの種類はとても多い。これで一食、360円だったか。勿論、普通の弁当屋じゃできないし、配達もしてくれない。まさしくセントラルキッチンの為せる技。

だとすれば。僕がこうして給食の常連利用者になることにより、理論上、コストがまた一つ軽減したと思われる。事実、僕が注文する前は「あんまり美味しくないよ」とみんな言っていたけれど、僕が注文し始めてから、そんなに美味しくない、ものにはあたってないもの。質が上がったのではないか。

給食は、一種類だけ。近隣で利用する会社も、きっとこれ。だからとにかく、単純に注文量が増えれば、より品質が上がる、という計算になる。社内で、社間で、利用者である我々が給食の更なる普及を呼びかけることでどんどん美味しくなるのではないか。それって、売り手と買い手が対立して駆引きするのとかでなく、シンプルでいいじゃん。美味しいおかずに当たるたび、何処かで誰かが僕のように、新しく弁当を使い始めたのだと思うことに。

2018年2月27日追記

……と追記するほどの話ではございませんが。弁当は、早くも朝の10時前には配達が完了する。お昼休みは12時から。弁当の箸袋には「13時までにお召し上がりください」とある。御飯のケースとおかずのケースのふたつにわかれていて(あとはインスタントの味噌汁の小袋)、御飯だけ備え付けの保温機に置かれる。なので、弁当といってもおかずは作り置き、すっかり冷えていて、人によっては電子レンジで温める。その際は、事前にふたを開けておかずをチェックする。ソース類や、もずく、などのケースを外す。他にもサラダ類など温めない方がいいやつもあるけれど、これを分類するのは容易ではないため、その辺は諦める。あくまで、冷えているのが標準。

で、思ったんだけど、より美味しくいただくには配達された瞬間に食べる、のが良いのかなと思いました。今だッ、弁当を使え! 2時間ほど、出来立てに近い。配達の人、びっくりしそうだけど。最早朝ごはんだけど。そっか、なので2つ注文すればいいんだ。朝起きたばかりは食欲ないし、会社についてから10時頃に食べて、昼は15時くらいに食べたら(推奨時間ではないが)、夕方残業があっても耐えられそう。裁量弁当制。

と、さっき配達された弁当を見て思いました(配達の様子がわかる場所に席がある)。

本質は沈思黙考するのみ

僕は現在、溶接機(及び部品や材料などの溶接関連商品)を販売する会社で働いている。数年前は本に関係する仕事をしていたが、押し寄せる出版不況の影響で、こちらへ転職した。

以前は取り扱い商材が「本」ということで(右から左へ流すだけとはいえ)、それなりに自分の興味と仕事が重複していた。しかし現在の仕事である溶接には、殆ど興味が無い……勿論、金属が繋がってすごい、それって大切、と人並みには思うけれど……。また飽くまで販売なので、自分で溶接したことも無ければ、実際の溶接作業を見たことすらない。

興味外の、しかもそれ自体をするでもなく売るだけ、という仕事。比較的に言えば、あまり面白くない状況。でも何とか、それによって得る「感覚」みたいなものが、何か自分の役に立つ……までは無くても、その感覚自体が面白い、ことがあればと思う。例えば表題のように、何か意味ありげな。その感覚の話。

以下、溶接機の話になりますが、端折りつつ要点のみ、でも長々、しかも正確ではない話なので何卒諸々ご理解の上、ご寛恕下さいませ。

プロ向け(本体のみ)

「溶接」という作業はプロ向け。超お気軽な簡単溶接、といのは、あんまし無い。「はんだづけ」がそれに近いかもだけど、あれ正確には「溶接」とは別らしい(溶着)。ちょい溶けて再び固まるだけ。溶接は、より高度な化学反応(らしい)。

それよか何が「プロ向け」かって、まずそもそも一般家庭用の電源では溶接機は扱えないこと(例外あります)。要200V単相電源。掃除機みたいに、あのコンセントがついているわけじゃない。

で、ごく基本的な「アーク溶接機」について(正確には「被覆アーク溶接」です)。それがどんな溶接かはさておき(よう知らん)、そのアーク溶接機を買ったとします。でも、それ本体だけじゃ使えない。作業に用いるホルダー(及びアース)ケーブルが、本体にはついていない。スーパーファミコン本体で例えるなら(カセットは勿論)「コントローラー」がついてない状態。

何故かというと、必要なケーブルの「長さ」等が使用者や現場によって異なるから。なので、ホルダー(コントローラー)は必要なのを別に自分で用意してね、という。この辺が如何にもプロ向けっぽいですね。難しいことに「標準添付品」すらない。そりゃスーパーファミコンだって、プレイヤー次第で、6ボタンレバー式だったり、連射機能付きだったり、ニーズにあわせて必要なもの別売や非純正品で用意する、というのはわかる。でも、基本のコントローラーがついているので取り急ぎ遊べる。でも、アーク溶接機にはそれすらが無い。

発電機を兼用する

話は変わりまして、溶接機の種類の中には「発電機兼用溶接機」というものがあります。なるほろ。発電もできて溶接もできる。そりゃいいや。じゃあ「ガス湯沸かし器兼溶接機」とかは? 僕が知る限りそれは無い。「音楽プレーヤー兼用溶接機」も。何でやろう。数多ある実用品の中で、何故、発電機が兼用のパートナーとして選ばれたんだろう。そも何故兼用? 発電機兼用スーパーファミコンとかは?

……って、大それた問題じゃなく。前述の通りアーク溶接にはそもそも工業用の電源を確保する必要がある。なので、工場とか設備があればいいけれど、屋外の工事現場だと電源が確保できず溶接ができない。なので、ガソリンエンジンで発電して、溶接する、そのための発電機。で、折角発電するのだから、じゃあコンセントもつけて他の工具も使えるようにしよう、と。ふむ。

これって「そういえば町中に信号機が沢山あるけど、あれどっから電源とってるんだろうね?」「街灯っていたるところにあるけど、コンセントはどこにつながっているんだろう」みたいな話にも近い。いやそれは電柱、というような、素人らしい見落とし(僕だけですが)。発電機能、というより、機能の前提となる発電(でも機能でもある)。

唸る電源

さて、こっからが本題です。溶接って要は、強い電気を金属に流して行う。仕組みとしては単純。で、我々業界人は、溶接機本体のこと自体を「電源」と呼びます。スーパーファミコンで「電源」つったら、本体のことじゃなくて、後から伸びているケーブルやACアダプター、またはそれを差し込むコンセント、あたりのところをイメージします。又は、電源ボタンの部分。そうじゃなくて、本体のことを「電源」と呼ぶ。

それもそうで、強い電気を流す装置だから、溶接機=電源、なんです。電源で、電の源で、その目的は? って話だけど、電源から電気を流したら、結果として金属が溶接していたという話で。だから、あれは、まず「電源」。

つまり、溶接機を買うってことは「電源」を購入すること。青白い火花が飛び散る……といった溶接のイメージを実践するのは、後で別に買うホルダーや材料の方で、溶接機買ったぞー!つっても、なんかブーンって唸る、パワーだけは秘めてそうな何か、を買ったことになる。

でもそれって、スーパーファミコンでも同じですね。スーパーファミコン買ったぞー、つっても、あのカラフルな4ボタンのコントローラーは周辺機器、きらびやかな画面はそもそも我が家のテレビ、ゲームの中身はカセット。「スーパーファミコン」だけでいえば、ブーンって唸る(唸らないが)、パワーだけは秘めてそうな何か、に過ぎない。電源、だ。溶接機と違って、複雑な計算はできるのでしょう。しかし、それをどこかで入出力しなければ、それが演算処理とも知られず、やはり電気が唸るだけ。

本質は沈思黙考するのみ

それは溶接機やスーパーファミコン特有のことじゃなく。例えば「心臓」もそうだ。中心やや左にずれて肋骨に守られて堂々鎮座し、それは単に生命だけじゃなく、時にその精神までも象徴する。ハート。では、あの心臓が何をしているのかといえば、ドックンドックンと脈を打って血液を運ぶポンプ役。ドックンドックン……あれ、意外と地味な。いや、そんなら全身に必要なその「血液」の方が象徴的じゃないかしら。そんな風に心臓を軽んじたら、止まりそうで怖いけど。

いや、人のこころ、は実は心臓じゃなくて、脳にあり。脳はどうでしょう。あれも「ドグラ・マグラ」(夢野久作)に拠れば、脳髄は一種の電話交換局に過ぎないとのことです。大切な機能を持つ臓器のひとかたまり、じゃなくて、神経の交錯する拠点が肥大化しているに過ぎず、思考しているのは細胞全体、という解釈。

こうした構造、が何処まで有効かわかりませんが。ある物事の中心にして象徴たる本質は、意外と多機能ではなく、機能や運動としては極めて地味で単調である。地味であるどころか、それ自体は殆ど感知できない。逆に言えば、周辺の末端こそが、その物事自体を実働し、イメージを担う。

いや……そうした「中心」と「末端」の対比や構図よりも。ただ、中心が、実は地味、というその佇まいに何故かしら惹かれます。電源は唸るだけ。心臓は脈打つだけ。脳は交換するだけ……本質は沈思黙考するのみ。

まちは燃えているか

各種の話題に「まちづくり」というのが、たまにある。僕にとってはたまにだが、むしろそれが好き、最大の関心事、という人も多いだろう。行政から、又は建築から、文化から等々ハードからソフトまで色んな分野における「まちづくり」の話というのがある。なので意識せずともたまには聞くことになる。話として聞くのは大抵、遠い町の成功実例で、まあ聞いていて楽しいし、そりゃ良い話じゃん、とよく思う。専門家の知見と采配を導入しつつ、町の住人たちが話し合って、町を作る、素敵だな、と。

しかしながら。

自分自身にそれを当てはめることはできない、と思う。平日の日中は仕事に出かけ、それ以外は家の中か、何処かに出かけているか、だ。灯台下暗し、照らす先(出先)と灯台の中(家)は明るいけれど。よく考えてみれば「住んでいる町」には何の関心も無い。いや、関心を持つにしても、自身の生活と直接関係しない。まちがつくられるとして、結局とのころ、一体、何が?

自分が住む町への一番の関心は、先ず駅に近いか、その駅は便利か。それはつまり、違う町への接続しやすさ。住む町の様態とは関係ない。後はスーパーやらコンビニが近いか、とかだけれど、それは折りよくそういうお店ができるかという民間の商業的な都合なので、まちづくり、とも違うような気もする。

よく、ドラえもんなんかで、子供たちが罰ゲームに「逆立ちで町内一周」を課したりする。これ小さい頃から「へー、こいつらには「町内」の一言で通じるような地域感覚があるんか」と不思議に思ったりしたもんだ。別にうらやましいほどではないけれど、無いもの持ってやがる、と。他の地域ではもっと「まち」の範囲が明確なのかしら。これはただの物語における便宜的な表現に過ぎないのか。

もしかしたら、実は我が町でも……堺市北区東浅香山町でも……まちづくり、の専門家を招いて住民と話し合いが行われているかもしれない。ポストに入った案内を見逃したりしているだけで。平日の昼下がり、住人たちが話し合って、好ましい形へと何かが決まっていく。まちはつくられる。それを僕はたまたま出向いたシンポジウムで登壇者が紹介する一例で知る……そんなことを想像すると、悲しい気持ちになりますね。

「どろぼうがっこう」の卒業生と「跡」のかわいらしさ

かこさとしの絵本「どろぼうがっこう」を初めて知ったのは、小学校三年生くらいの時、先生の読み聞かせだったか。もっと低年齢が対象の本だと思うけど、比較的中学年から高学年にかけて体験したような……記憶があやふやで、肝心要の筋も忘れたが、何せ泥棒の教師たる「くまさか先生」と、ラストに出てくる刑務官の、造形デザインがインパクトあった。冒頭に出てくる、みみずく、も。滑稽な「筋」よりも、絵の「ヤバさ」が印象に残っている。「なんで絵本って、こう、必要以上に、アレなんだ……」と、思ったのは確か。それで後に、図書館で絵面を確認しにいったものだ。

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どろぼうがっこう (かこさとし)| 偕成社 | 児童書出版社

……ということで、先日、我が家にも泥棒がやってきた。イベントのため昼夜を逆転させた土日を経て、ぐっすり実家のベッドで眠った後の、月曜日の朝。出勤の準備をしていると、洗濯機を回しに風呂場の脱衣所に行った母が、半笑いで「泥棒に入られたみたい」と叫んだ。

何かの思い過ごしでは、と思ったけれど、コードを切られたレジが、風呂場に置いてあった。引き出しはこじあけられれ、5円玉を残して中の釣銭は空(泥棒にとって御縁は御免なのでしょう)。これはもう思い過ごしではなく、火を見るより明らかに、やられた。

実家は所謂、店舗付き住宅。父のラーメン屋と母の服屋の二種類があり、どちらのレジもやられた。犯人は、家の裏手、風呂場の窓から侵入したらしい。二階にあがった形跡はない。寝室は三階で、誰も気付かなかった。僕は深夜1時頃まで、表道路に面した二階の部屋で灯をつけて本を読んでいた。恐らく、その消灯を確認してからの犯行であったのだろう。

被害はレジの釣銭だけではなかった。母のカバンも無くなっていた。中には財布があり、現金は2万円程度だが、日常使うカード類が入っている。急いでカード類を止める手続きに入った。

が、このカバンはすぐに見つかった。表のゴミ箱に捨てられていた。カード類は全て無事で、札だけ抜かれていた。

ということで、被害は比較的少なめ(現金十数万円程度……)で済んだ。カード類には目もくれない、昔気質の泥棒だった。そもそも、夜、に、抜き足差し足忍び足、で来る泥棒は実際には珍しい。この界隈に出てくる泥棒は(結構いると聞く。でも今回は久々の登場だったみたい)いずれも日中の犯行が多い。これ確かにテレビのワイドショーでも聞いた覚えがある。財布も、一度手に取ったものをわざわざ捨てて行くなんて、例えカードを使わないにしても、親切な話だ(持って帰った方が危険というのもあるだろうけれど)。

そんで、僕は「どろぼうがっこう、の卒業生みたいなやつの犯行だ」だと思いました。以上。

また、風呂場に置かれたレジを見て、そのシュールさに、不思議とかわいらしさ、を覚えました。勿論、この件には家族一同、ガックリきたけれど、ポツネンと風呂場に置かれたレジ、には独特の風味がある。

記憶に残る、小さい頃の情景のひとつ。中華料理屋の厨房、ステンレスの台に、ちょこんと置かれた餃子の「あん」のみ。「ネズミが皮だけ食べていった」と父は言った。本当に、皮だけを残して、中の餡は包まれた時の丸みを帯びた形で、置かれていた。何だかシュールでかわいらしかった。

(しかし、これは何らかアレンジされた偽記憶か。ネズミが皮だけ食べるとも考えにくし、仮にそうだとしてももっと荒らされているだろう。それにネズミ、餡も好きでしょう)

不思議と「跡」というのは可愛い。犬や猫の「足跡」なんかがそうでしょう。そのまま絵記号になって、はんこにもなるような。どういうメカニズムだろう。

食は九里を超える

もし突然「キュウリ好き?」って問われたら……多分、僕は「いや、そんなに」と答えるだろう。いや、別に嫌いじゃないし、大人だから食べられるけど。

キュウリ……って言われて、最初に連想したのは、輪切りにして、タコとあわせて酢漬けにしたもの。あれ、あんまり好きじゃない。そして、河童巻き。もし百円均一の回転寿司に行ったとして、わざわざ河童巻きを注文するのは、すごおく勿体ない、あり得ない、そんなわけない。次に想像したのは「となりのトトロ」田舎暮らしを描写する序盤のワンシーン。畑でもぎたて、川で冷やしたて、のキュウリを、かじる、の。あんな新鮮なキュウリを食べたこと無い、あれは美味しいんだろう、ってことはわかる。けれど……あれは「田舎ではキュウリすら美味しいよ!」という描写で、それは、通常のキュウリの、まあまあさ、を逆に表現しているのではないか。それにはすごい共感する。あのキュウリは美味かろう、でもそれは、キュウリ普通めちゃ美味いわけじゃない、ことを意味する。

お子様舌の僕としては、別にキュウリが食べられない、苦手じゃないだけで上等。まあそんなものよね、キュウリだし。

と思っていた。

しかし、ある時、ある瞬間。「あれ、僕、めちゃくちゃキュウリ好きだ、もともと」と思いました。

居酒屋で出てくる、叩いたキュウリ。サラダに含まれる、斜めに切ったキュウリ。素麺や冷麺、にあわせる細切りのキュウリ。大根や人参と一緒にスティック状になって味噌につけるキュウリ。白菜キムチより、大根キムチが好き、そしてもっと好きなのはキュウリのキムチ、オイキムチ!

それら「いや、そんなに」どころか「好き」どころか「大好き!」。なんとまあ……盲点だったよ。幸せの青い鳥は、緑のキュウリは、こんなところに。でも、それにしても! 昔からキュウリ好きだったはずなのに、何故、今迄(わりと最近まで)自分をとても「キュウリ好き」とは思えなかったのだろう?

これほどまでに「切り方」によって感触がかわる食材があろうか。輪切り、でさえなければ、僕にとってキュウリは素晴らしい。やっぱ食感は大切。

(しょうもない話シリーズにつき、オチや文体による特色はありません。実はキュウリ好きやった、ということで、これにて筆を擱きます)